医療事故防止の心理学(対策)

医療事故とチーム医療

医療事故防止のためのキーワードその2

  • 事故は職種を超えたチームの中でおこる
  • 事故はチームで防ぐことが必要

事故は誰が起こすのか

 今日、病院で起こる医療事故は、その発生プロセスに何人もの医療スタッフが関わっていることが少なくありません。例えば、医療事故の中でも発生頻度の高いと言われている薬剤の誤投与事故は、一般に処方する医師、調剤する薬剤師、そして患者に与薬する看護師の3つの職種が関わります。また、看護師も、準備をする人と実際に患者に薬剤を服用させたり注射したりする人とが異なることも少なくありません。また、手術患者を取違えた、手術部位を間違えた、異型輸血をしたといった事故には、複数のスタッフ間の連携のまずさが要因となっていることが少なくありません。医師の誤りと見られがちな誤診(診断の誤り)の背景にも、放射線や血液などの検査におけるエラーや検査結果の伝達のエラーが関わっていることがあります。つまり、ほとんどの医療事故は、誰かが起こした事故ではなく、みんなで起こした事故と捉えるのが適切です。

 図2はアメリカのある研究で明らかになった薬剤の投与プロセスの中でのエラー発生状況を図示したものです。実際に発生した薬剤事故の記録を調べて、薬剤の投与プロセスにおいて、誰が関わったどの場面でエラーが発生したかを調べたのです。

 医師の処方、医療秘書の複写(アメリカでは医師の指示を秘書がタイピングすることがある)、薬剤師の調剤、看護師の与薬の各段階で、約4:1:1:4の割合だったということです。秘書や薬剤師と比較して、医師や看護師にエラー発生が多いのは、複数の仕事を同時に行ったり(多重課題)、仕事の中断や割り込みが多いという現場の状況によると考えられます。

図2・投薬プロセスにおけるエラーの発生と未然発見

エラーの未然発見

 この研究でもう1つ注目すべき点は、エラーの未然発見率です。医療現場では、医師の処方を薬剤師が点検して疑問があれば「疑義照会」をしていますし、薬剤師が調剤したものが病棟に届けられると、看護師がそれを点検しています。そのプロセス中でエラーが発見されているのです。

 図2の下の段の数字で表されているように、医師のエラーの約半分は、その後で仕事をする人(薬剤師や看護師)によって、患者に影響がおよぶ前に発見されています。ところが、薬剤師のエラーが未然発見される割合は約30%で、看護師のエラーは、わずか2%しか発見されません。つまり、看護師がエラーを起こすと、ほとんどはそのまま患者に誤ったことが実施されてしまいます。

 つまり医療現場では、1つの医療行為に複数の職種の複数のスタッフが関わっており、あるスタッフのエラーを他のスタッフが発見して事故を防ぐ場合がある一方、防ぎきれずに事故になってしまう場合があるのです。

 これを模式的に表したのが図3です。雪玉が坂道を加速しながら転がり落ちていくように危険が大きくなっていくということでスノーボール・モデルと名づけました。この図の中で「防護エラー」というのは、「前に仕事をしたスタッフの失敗を見つけ修正することができなかったエラー」という意味です。「防護エラー」も含めて、さまざまなタイプのエラーが連鎖し、それが患者のところまで到達してしまうと事故になるのです。次に、このようにエラーが連鎖して事故となった二つの事例をみてみましょう。

図3・医療組織の事故とエラーの連鎖(スノーボールモデル)

事例1〜誤薬

 A病院で患者にサクシゾン(抗炎症剤)を投与すべきところサクシン(筋弛緩剤)を誤投与し、患者が死亡する事故が起きました。この病院ではコンピュータによるオーダリングシステムで薬剤の処方が行なわれており、医師はサクシゾンを投与するつもりで、「サク」の2文字をキーボードで入力しました。画面には、「サク」で始まるサクシンとサクシゾンが表示され、医師はサクシゾンをクリックして選択したつもりで、実際はサクシンを選択してしまったのです。

 サクシンの処方箋が発行され、薬剤師は疑問に感じながらもそのまま調剤し、病棟にサクシンが届けられました。病棟の新人看護師は、処方箋と薬剤が合っているかどうかを確認しました。しかし、サクシンについての知識が不足していたため、医師が誤った薬を処方したことに気づくことができず、そのまま患者に投与してしまい、患者が死亡しました。

事例2〜手術の左右間違い

 B病院で、乳がん患者の手術が行なわれました。執刀医が、診察後にカルテの表紙に「左乳がん」と書くべきところを右と書き間違え、手術伝票にも右と書かれました。手術前日に研修医が入院患者を診療して、カルテの表紙と手術伝票の誤記入に気づき、手術室の看護師に電話で伝えました。前日の手術室には手術の仮伝票が届いていたので、その看護師はそれを左と訂正しました。ところが当日には、手術室に本伝票が届き、仮伝票と本伝票の照合をした看護師長が訂正に気づかず、仮伝票を廃棄してしまったのです。誤ったままの本伝票を見て、執刀医は右の乳房を切除してしまいました。

 上の二つの事例のような事故は、誰か一人の医療スタッフが起こした事故と言えるでしょうか。複数の職種の複数のスタッフによる医療チームの中で起きた事故と考えるのが妥当でしょう。そうであれば、事故防止も一人一人がエラーを起こさないというだけでなく、チームとして事故を防ぐことが大切です。つまり図3のスタッフ1からスタッフ2、スタッフ3までのプロセス全体が適切に行なわれるための方策を考える必要があります。

 次の文献なども参考にしながらさらに学習を進め、職種や部署の壁を越えた事故防止活動に取り組んでください。

引用文献
Reason,J.T. 1993 The human factor in medical accidents(Vincent,C.,Ennis M.& Audley R. J.ed. ),Medical Accidents,Oxford University Press(安全学研究会訳 1998 医療事故,ナカニシヤ出版,1-18.)
お勧めの文献
『事故を組織の視点で考えるために』
ジェームズ・リーズン1999 組織事故−起こるべくして起こる事故からの脱出,日科技連
『人や集団の心理特性に着目して医療事故防止を考えるために』
山内桂子・山内隆久2005 医療事故-なぜ起こるのか、どうすれば防げるのか,朝日文庫

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