医療事故防止の心理学

 医療事故防止の心理学的な見方について新人看護職をはじめとする医療職はもちろん、事務職の方や臨時職員や派遣職員の方など、これまで事故防止に関する情報を得ることが少なかった方たちにも理解していただきやすいよう、東京海上日動メディカルサービス株式会社メディカルリスクマネジメント室、主席研究員山内桂子さんに、平易に解説していただきます。

  事故防止は、一部の意識が高く熱心な職員ががんばるだけでは進めることができません。組織全員が動いてこそ効果があがります。組織内での研修会や自己学習の材料として活用してください。

医療事故はこうして起こる

医療事故防止のためのキーワードその1
事故の見方を「個人」から「組織」へ変えよう!

  • 個人のエラーとルール違反は事故のきっかけである
  • 背後にある組織の要因を見つけ、改善することが必要である

 医療の安全を考える上で、最も基本的で重要なことは、医療事故や事故防止について正しい見方をすることです。

 マスコミをはじめとして、医療事故の原因を個々の医療スタッフの失敗とする見方が依然として根強くあります。しかし、失敗した個人を責めたり、その人が反省するだけでは決して事故を減らすことはできません。医療事故を防止するためには、まず、医療事故を「組織の問題」である、すなわち「組織事故」だとする見方を医療者自身が身につけることが必要です。組織の問題ととらえることは、「個人が事故防止に責任を持たない」ことではありません。管理者が組織全体の事故防止策を責任を持って進めるとともに、個々の医療スタッフも所属する集団(組織)の改善に積極的に関わるべきことを意味しています。

 心理学者Reason(1993)は、組織事故を図1のように説明しています。多くの医療事故は、確かに医療者が起こした危険な行為(「エラー」や「ルール違反」)をきっかけとしています。しかし、個人の「エラー」や「ルール違反」は、組織に「エラー」や「ルール違反」を引き起こす条件があるために生じると考えることが必要です。

図1・組織事故の考え方

 「エラー」や「ルール違反」(以下、失敗)をした個人の責任を追及し、仕事を辞めさせたとしても、その失敗を引き起こす「条件」を放置したままでは、また別の誰かが同じ失敗を起すことになります。失敗した人と同じ条件(類似した環境、類似した課題)で仕事をしている人は、たまたま、まだ失敗していないだけで、失敗を起こしやすい状態にあると考える必要があります。組織は、経営方針や人員の配置、ルールのあり方など「組織のプロセス」を見直して、失敗を引き起こしやすい条件(状況)を改善する努力をする必要があります。

 また、医療現場は、個人の小さな失敗が直接患者に傷害を与える危険性の高い現場です。組織はもし個人が失敗をおかしても、それが事故につながらないための「防護」を整備しておくべきなのです。

 個人がおかす失敗は目に見えやすいのですが、実は、そのような失敗を引き起こす条件や不十分な防護を改善せずに放置している「組織の失敗」に注目することが重要です。

事例から 〜組織的改善のポイント〜

 2000年に内服薬の誤注入事故が発生しました。その小児患者には、経管栄養と点滴の二つのチューブが使用されており、どちらにも同型、同色の三方活栓がつけられていました。深夜勤務の看護師が、朝8時半過ぎに、ベッドサイドで内服薬を準備してカラーシリンジに入れ、経管栄養のルートの三方活栓から注入しようとしました。そのとき、誤ってシリンジを点滴のルートの方の三方活栓に接続して、そのまま内服薬を注入してしまいました。

 従来の「個人」にのみ焦点を当てた見方であれば、「看護師が不注意であった」ことが原因だと考え、再発防止策として、看護師に「もっと慎重に行うように」と注意喚起することだけが行われることになります。

 それでは、「組織事故」の視点からはどのような対策をとる必要があるでしょうか。対策のポイントは二つです。

(1) まず、このような「エラー」を引き起こす条件をできる限り低減することです。時間の切迫のある中で、複数の仕事を同時に行おう(多重課題)とすれば「エラー」が発生しやすくなります。また、例えば作業をしている場所が暗かったり、不自然な姿勢で作業をしなくてはならない状況であったりすると「エラー」の誘引となります。これらを改善することが必要です。

多重課題を避けるためには、この事例では・・・

  • 看護師が注射や点滴の施行に集中できるよう、身体介助や保育や環境整備を行う他の職種のスタッフを配置する。また、薬剤の準備のために、病棟薬剤師を整備する。
  • 朝の与薬や検査は、可能なものは看護師の配置が多い日勤帯に行うなど、医師と看護師が話し合って病棟全体の業務の時間配分を無理のないものにする。

といった対策が考えられます。

(2) 次に、もしエラーが発生したとしても、それを事故につなげないような防護の仕組みを整えることです。この誤注入事故の事例では、看護師が二つの三方活栓を誤認するエラーを起こしたとしても、内服薬を入れたシリンジと点滴ルートの三方活栓が物理的に接続できないようにしておくことです。つまり、組織には、用途別に口径の異なるシリンジや三方活栓を選び、現場に導入するという「防護」を用意しておくことが求められます。(実際に、いくつかの誤注入事故をきっかけに、複数の種類の三方活栓など誤接続防止用の器具が開発され、使用され始めています)

 いずれの対策も、個人やその部署だけの努力や工夫だけでは実施できません。職種や部門・部署を越えて組織全体として事故防止策を進める必要があります。

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