実習生・養成施設の法的責任

Q&A

実習記録や実習メモ等(以下まとめて「実習記録等」といいます)について、受入施設と学校及び実習生とはどのような責任を負うのか。
実習記録の内容は、実習の対象となった患者の個人情報(以下「患者情報」といいます)です。まず、実習生がどのようにして患者情報を入手するか実態に即して考えて見ましょう。実習生は、実習に際して受け持ち患者を紹介され、その際当該患者から実習生が取り扱うことに付き何らかの形で承諾をもらうことになります。患者情報には、氏名、性別、病名などの基本的な情報から、既往歴や治療内容など周辺情報まで多種多様です。そして、それらの情報についてあるいは受入施設の実習担当者から入手する場合もあれば、直接受け持ち患者自身から入手する場合もあるでしょう。しかし、基本的な患者情報は受入施設が既に保有するものを受け取る場合が多いと思われます。そうすると、「特定の個人を識別することができる」情報は原則として受入施設から提供を受けるといっていいでしょう。先ほどの周辺情報は、それだけでは特定の個人を識別することはできませんが、「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなる」(法2条)のでこれらも個人情報ということがいえます。
ところで、実習は学校側が教育の一環として組織的に行なっているものであって学生が個人的に行なっているわけではありません。例えば、ある企業が業務の一部を他の企業に委託する場合、受託企業において実際に業務を行なうのは受託企業の従業員です。だからといって、委託企業は受託企業の従業員に直接業務を委託したことにはなりません。即ち、委託はあくまでも企業間の取引なのです。これと同じ理屈で、実習も学校と受入施設である病院や訪問看護ステーション間の取決めなのです。
そうであるとすると、個人情報保護に関してもまずは受入施設と学校においてきちんと取決めをしておく必要があります。では、学生の扱いはどうすればいいのでしょうか。個人情報保護法は、個人データの取り扱いに関し個人情報取扱事業者が自ら「安全管理のために必要かつ適切な措置」(法20条)を講ずべき義務を定めるほか、従業者に対して「必要かつ適切な監督を行なわなければならない」(法21条)としています。実習生(学生)は、従業者ではありませんが、それに準じて学校に実習生に対する監督義務が認められるでしょう。もちろん、受入施設との合意に基づいて実習生に対する監督義務を負うことも考えられます。
その監督方法としては、実習生から誓約書などの書面を提出させることも考えられます。しかし、法令等において指導方法が具体的に定められているわけではありません。従って、必要かつ適切な方法、内容で行なわれていれば各学校の裁量に委ねられていると考えられます。
では、受入施設が実習生に「誓約書」などを提出させることはどうでしょうか。また、先ほどの企業の例で見てみましょう。委託企業が委託した業務の性質上、委託した企業の施設に受託企業の従業員が来社して業務を行なう必要がある場合、例えば社内に設置しているサーバーのメンテナンスなどが考えられます。その場合、受託企業から派遣されてきた従業員は委託企業の施設の決まりを守る必要があります。しかし、例えば受託業務であるサーバーのメンテナンスの際取得した委託企業の営業秘密を守れということについては、委託企業が派遣されてきた受託企業の従業員に直接誓約書を出させるとか、指導するとかはあまりないようです。それは、あくまでも受託企業が自分の従業員に対して指導監督する義務を負っているということでしょう。これを実習に置き換えて考えれば、やはり実習生に対する指導監督は学校が責任をもって行なうべきということになるでしょう。もちろん、事実上受入施設の実習担当者が、患者情報の保護について実習生に指導することはあり得るでしょう。なお、企業を例にお話ししましたが、一般の企業の従業員の場合と異なり学生である実習生については教育的配慮が欠かせないことに注意してください。
以上を整理してみます。受入施設は、個人情報取扱事業者として患者情報の取得、利用、廃棄について法令、ガイドライン等を遵守する義務を負っています。学校は、受入施設から患者情報の提供を受けますが、学校も通常は個人情報取扱事業者として同様の義務を負います。更に、受入施設との間で個人情報の取り扱いに関する合意があれば、これも守る必要があります。これに対して、実習生はまず個人情報取扱事業者ではありません。従って、直接個人情報保護法やガイドラインで責任を負わされることはありません。しかし、学校から指導監督を受けることになります。
なお、実務上は先にも見たようにプライバシーの権利の保護の観点から従来から実習に際して当該患者から何らかの形で同意を貰うということは行なわれてきました。個人情報保護法の施行に伴い、病院等では患者情報の利用目的を特定して患者の同意を得るなどの必要が出てきました。おそらく、実務的には患者から同意を得ていたその同意の対象に個人情報を含ませることになるでしょう。そして、その際には実習生自身立ち会うのが通常ではないでしょうか。そうであれば、その際に実習生自ら患者に対して患者情報を適切に扱う旨表明するようにしてはどうでしょうか。これは、必ずしも書面で行なう必要はないでしょう。
実習記録や実習メモについては、患者の氏名や病棟など特定できる情報は取得しないか、削除して患者を特定できないようにしているが(匿名化)、その場合でも個人情報になるのか。
個人情報保護法上にいう個人情報は、既に見たように「氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものをいう」とされています。従って、特定の個人である患者が識別できないようにすれば個人情報に該当しないということになります。しかし、同法は更に「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別できることとなるもの」も個人情報に含むとしています。
患者の氏名、生年月日、住所、電話番号などは治療目的や、緊急時に家族に連絡するなど病院にとっては入手しておくことがどうしても必要な情報です。ですから、病院はこれらの情報を患者から入手した上で、一般の目に触れやすい病室などでは氏名等は掲げないなどの工夫をしています。しかし、設問の趣旨は個人情報を入手するに際して本人を特定できない情報に限定しようということですから、それは、匿名化ではありません。
以上のように、病院にとって患者情報は必須であり病院自身が患者から情報を入手するに際して匿名化して個人情報保護法上の義務を免れることは不可能でしょう。問題は、病院が第三者へ開示するに際して匿名化するか否かということになります。
実習記録に記載される患者情報を匿名化することについてはどうでしょうか。ガイドラインによれば、匿名化とは「当該個人情報から、当該情報に含まれる氏名、生年月日、住所等、個人を識別する情報を取り除くことで、特定の個人を識別できないようにすることをいう」としています。実習記録については、従来から患者の氏名や病棟など患者個人を特定できるような情報は記載しないように実習生に指導している学校が多いと思われます。その際、氏名に替えてアルファベットなどの記号や符号を使用しているところも多いように見受けられます。
ところで、記号や符号に置き換えた場合でも、それらと他の情報を照合すれば容易に患者個人を識別できる場合は個人情報に該当することになります。従って、受入施設である病院等に実習記録がある場合は、病院の保有する記録類と容易に照合できるようであれば未だ匿名化されたとはいえないことになるでしょう。しかし、正式の看護記録であれば病院側も患者の基本情報との照合を認めることはあるとしても、実習生から申し出がなされたからといって患者の基本情報を提供することはないでしょう。そのような場合には、原則として実習記録は匿名化されていると見てよいでしょう。
なお、特定の個人が識別できるかどうかという点については事業者ごとに相対的に判断されることになります。即ち、病院においては保有している患者の基本情報と照合すれば容易に本人を特定できますから、記号化や符号化している情報についても一般に個人情報として取り扱われます。これに対し、学校が実習受入施設である病院や訪問看護ステーションなどから入手して保管している実習記録が、記号化や符号化されておりその他の識別情報が記載されていなければ匿名化された情報として個人情報には該当しないということになります。このように、同一の情報について事業者が異なれば一方では「個人情報」に該当し、他方では該当しないということがあり得るのです。なお、照合は容易である必要があります。従って、学校が受入施設である病院等に問い合わせをしなければ照合ができない場合は容易であるとはいえません。
以上のとおり、患者の氏名、生年月日、住所等個人を識別できる情報を記載しない、匿名化された実習記録は原則「個人情報」には該当しないことになります。しかし、病名や、治療経緯等により場合によっては特定できる場合もないわけではありません。その場合は個人情報として適切な管理を行なう必要があります。更に、個人情報に該当しない場合であっても、プライバシーの問題が生じる可能性もあります。この点に対する配慮は必ず慎重に行なうようにしなければなりません。結局、実習記録が「個人情報」に該当するか否かに関わらず、その取り扱いは「個人情報」と同様の注意義務を持って行なう必要がありそうです。
実習記録は、実習中は実習生が保有し事実上管理しています。従って、学校の実習生に対する指導監督が適切に行なわれる必要もあります。この点にも留意してください。
学生に対し実習記録等の取り扱いにつき、どのような点に注意して指導すべきか。
現在多くの学校では、実習記録の記載方法等に付き何らかの基準を設定し、その中で患者の氏名、病棟など患者個人を特定できる情報の記載をさせないようにしていると思われます。その場合、どこまで記載をしないようにすればいいのでしょうか。
抽象的には、実習目的に不要な情報は一切記載しないということになるでしょう。一般的には、氏名、生年月日、住所、電話番号などが考えられます。これらは基本的に不要な事項といってよいでしょう。生年月日については、年齢に置き換えることで対応できます。これに対して、家族構成、家系、年齢等は当該患者の疾病や治療等において必要になる場合があります。これら、相対的必要事項については実習においても必要か否かを判断し必要な場合に、必要な限度で記載するべきです。
実習記録を、匿名化した場合であっても、実習生は実習対象である当該患者と接しているわけです。従って、その限度で匿名化の意味はないと考えるべきです。実習生は、場合によっては患者本人から氏名や生年月日を教えられているかもしれません。その場合、つい誰かに喋ってしまうかもしれません。実習生に対しては、患者の個人情報の重要さ大切さをしっかりと教え、偶々知り得たとしても、決して第三者に公表しないよう指導すべきです。また、実習について予習や復習のために実習記録を受入施設や学校から持ち出し近くの喫茶店などで読んだりすることも考えられます。このようなことも、第三者に漏れるきっかけになります。実習記録の保管方法についても、十分気を使う必要があるでしょう。
実習記録は、実習終了後学生に管理をさせることは不適当か。学校が管理する場合その方法、期間等はどのように考えればいいか。
実習記録には、既に見たように患者の個人情報が記載されていることはもちろんですが、実習生の指名や学籍番号、そして実習生が判断したり、評価した事柄や、意見なども記載されています。そうすると、実習記録は実習生の個人情報も記載されていることになります。そのため、実習終了後に実習生に実習記録を保管させているケースも考えられます。
そこで、実習終了後、あるいは卒業後も学生に当人作成にかかる実習記録の保管を認めて問題はないか検討します。まず、学生は個人情報取扱事業者には該当しません。従って、個人情報保護法上の義務は負わないことになります。従って問題は、患者のプライバシーの権利の保護という問題を検討すればいいわけです。もちろん患者自身の同意があれば問題はありませんが、これはほとんど現実的ではないでしょう。そうすると、個人が特定できない状態で保管させる方法が考えられます。その場合は、より一層記載された情報を精査し個人が識別できないように余計な情報は削除するなどし、かつ学生の勉学に必要な部分に限定して保管させるべきでしょう。
しかし、内容によってはどうしても個人が特定される場合もないわけではありません。仮に、個人情報に該当するとした場合、学校として実習終了後において実習生に保管を委ねることが個人情報保護法上許されるかということが問題となります。というのは、患者情報を実習に使用する場合事前に患者から同意をもらわなければなりませんが、その際利用目的はできる限り特定する必要があります。そして、利用目的が終わった場合速やかに廃棄・消去等の処理をする必要があります。この「利用目的」の中に実習生への提供は、通常は含まれていないと思われるからです。この場合は、残念ながら実習生に保管を認めることはできません。
なお、上記は学校が実習終了後保管を継続することにも関わります。もちろん、患者個人が識別できない実習記録であれば、原則として保管は可能です。しかし、どうしても個人を識別できる特別の事例の場合は当該実習生の卒業までが保管期間の限度ではないでしょうか。なぜなら、実習記録は当該実習生の教育目的のために作成されるものですから、当該実習生が在籍している間は必要ですが、卒業してしまえば目的が終了するからです。
以上のとおり、実習記録が匿名化され個人が識別できなければ個人情報保護法上の「個人情報」に該当せず、長期の保管は可能であり、個人が識別でき「個人情報」に該当する場合は学校のみが当該実習生卒業までの間保管が可能ということになります。しかし、実務的には仮に「個人情報」に該当しない場合であっても、実習記録の取り扱いを含め個人に関わる情報については、取扱基準や指針を明確にし、できる限り慎重に対処する必要があります。

(c) 2006. 1. 11 弁護士 吉岡譲治

本論考は著作物として著作権法によって保護されています。本論考の全部又は一部について無断で転用、複製、引用、又は改変等を行うことは、著作権法で禁じられています。

ページ上部へ