実習と個人情報の取扱い
弁護士 吉岡譲治
1.
(1)
「個人情報保護法」が平成17年4月1日から全面施行され、民間の事業者にも同法が適用され、ほぼ1年が経過しました。同法は、その目的(同法第1条)において「高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ」「国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする」としています。このように、同法は大きく分けると・《1》国及び地方公共団体等の公的機関の責務等と、《2》民間の個人情報取扱事業者の義務等について定めるものです。
実習生の受入施設である病院等(以下本稿では、単に受入施設といいます)には、国や地方公共団体等により設立されたものから民間の事業者によって設立されたものまで含まれます。しかし、本稿でお話しする受入施設は主に後者の民間部門に属するものです。
前者については、行政機関個人情報保護法や独立行政法人等個人情報保護法、個人情報保護条例等により規制されます。本稿では、紙数の関係でこれらについての説明は割愛しますが、基本的な考え方は公的機関としての受入施設か、民間の受入施設かにより変わることはありません。厚生労働省が作成した民間部門の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」でも「医療・介護分野における個人情報保護の精神は同一であることから、」公的機関が設置する事業者においても「本ガイドラインに十分配慮することが望ましい」としています(1頁)。
また、プライバシーに関する部分は公的機関か民間の事業者かにより変わることはありません。
ところで、「個人情報保護法」が定める個人情報取扱事業者に対する規定は民間の事業者全体を一括して規定するもので各分野の特性を十分考慮しているわけではありません。そこで、個別の事業分野特に金融分野、医療分野、電気通信分野などでは必ずしも充分ではないため特別法を制定する予定であるとされていましたが、現時点では特別法の制定は見送られています。また、「その適正な取り扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報について、保護のための格別の措置が講じられるよう必要な法制上の措置その他の措置を講ずるもの」(同法第6条3項)とされ、「事業者等が個人情報の適正な取り扱いの確保に関して行う活動を支援するため」「指針の策定その他の必要な措置を講ずるものと」(同法第8条)されています。
(2)
厚生労働省においては、これを受けて「医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会」を設置し、平成16年6月23日に第1回目の検討会を開催しその後の検討を経た後、同年12月24日「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」(以下、本ガイドラインといいます)を策定しました。
(3)個人情報保護法とガイドラインとの比較
同法上の「個人情報取扱事業者」は一定の数の個人情報を取り扱う医療・介護関係事業者とされていますが(施行令2条)、本ガイドラインでは医療・介護情報の特質等にかんがみ同法上の義務を負わない医療・介護関係事業者にも本ガイドラインの遵守を求めています。
(4)「個人情報」の定義
法は、「個人情報」について「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」としています(法2条1項)。このように《1》生存する個人に関する情報であり、《2》特定の個人を識別することができる情報であれば「個人情報」となります。なお、他の情報と容易に照合でき、それにより個人を特定できる情報も含まれることに注意してください。また、診療録等に記載された情報のみに限定されないことにも注意してください。
(5)医療における「個人情報」の特性
医療・介護の現場では収集した個人情報の対象である患者が死亡する確率は、他の分野に比較して相当に高いこと、患者に関する情報であっても、場合によってはそれがその親族に関する情報である場合も考えられること(例えば、遺伝子などの情報)などから、ガイドラインは患者の死亡後についても当該患者の情報については「個人情報」と同等の安全管理措置を講じなければならないとしています。
2.「個人情報」に関連するもの
(1)ところで、皆さんは今まで患者個人に関する情報について勝手に第三者に公表するとプライバシーの権利の侵害になると言ったり、言われたりしたことがあると思います。では、「個人情報」とプライバシーは同じものなのでしょうか、それとも異なるものなのでしょうか。
(2)現行法の規定の仕方からいうと異なります。それは、それぞれの定義をみると理解できます。「個人情報」については、既にお話したように特定の個人を識別できるかどうかという客観的な側面だけを捉えて規定しています。では、プライバシーについてはどうでしょうか。
(3)「プライバシー」の定義については、必ずしも確定したものはありませんが、判例では《1》私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、《2》一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、《3》一般の人々に未だ知られていない事柄であることとされています(東京地判昭和39年9月28日「宴のあと」事件)。
このように、プライバシーについては個人に関わる情報であるだけでなく、当該個人が公表を欲しないという主観的な側面が考慮されていること、未公開の事柄であることが要件とされています。
なお、要件の《2》として「公開」が挙げられていますが、その後の判例を見ると講演会の出席者名簿を警察に提出した事案でプライバシーの権利の侵害を認めており「公開」すなわち不特定多数に限定していないようです(早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件最高裁判決)。従って、《2》の要件は第三者への開示と理解して差し支えないでしょう。
(4)「個人情報」と「プライバシー」の関係
医療における「個人情報」は、医療従事者が診療、看護、検査等の過程で知り得た患者に関する病気、病態、心身に関する状況、家族関係等の情報といえます。そうしますと、患者にとっては公開を欲しない情報が相当数含まれていると考えられます。従って、医療情報の場合「個人情報」と「プライバシーとしての情報」はほぼ重なると考えていいでしょう。
「個人情報保護法」において情報を保護すべき義務者は病院等の受入施設です。これに対し、プライバシーを守るべき義務者は、受入施設のみならず、実習生やその指導監督にあたる者も含みます。