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実習と静脈注射についての法的考察

実習と静脈注射についての法的考察

弁護士 吉岡譲治

I. はじめに

 厚生労働省は、平成14年9月30日付にて「看護師等による静脈注射の実施について」(医政発第0930002号)という通知を発し、従来静脈注射は保助看法5条に規定する看護師の業務範囲外であるとしてきた見解を改め「医師又は歯科医師の指示の下に保健師、助産師、看護師及び准看護師(以下「看護師等」という。)が行う静脈注射は、保健師助産師看護師法第5条に規定する診療の補助行為の範疇として取り扱うものとすることとしました。
 これにより、それまで実態として広く行われていた看護師による静脈注射が追認された形になりました。また、これに伴い、看護基礎教育の中に静脈注射に関する実習が含まれることとなりました。
 更に、厚生労働省は平成15年3月17日「看護基礎教育における技術教育のあり方に関する検討会報告書」(以下、「報告書」といいます)を取りまとめ公表しています。その中で、実習としての静脈注射にも言及しています。報告書を見てみましょう。
 まず、看護技術の実施については3つの水準をもうけて各看護技術項目を分類しています。3つの水準は、(1) 教員や看護師の助言・指導により学生が単独でできるもの(水準1)、(2) 教員や看護師の指導・監督の下で実施できるもの(水準2)、(3) 原則として看護師や医師の実施を見学するもの(水準3)に分けられています。なお、教員や看護師が予め定めた水準での実施が適当でないと判断した場合には変更可能であるとされています。
 静脈注射は、水準2に分類されています。すなわち、教員や看護師の指導・監督があれば実習として実施できるとされているのです。
 報告書は、学生の臨地実習に係る保健師助産師看護師法(以下「保助看法」といいます)の適用の考え方として、「その目的・手段・方法が、社会通念から見て相当であり、看護師等が行う看護行為と同程度の安全性が確保される範囲内であれば、違法性はないと解する」としています。そして、その要件として(1)患者・家族の同意、(2)正当な目的を有すること、(3)相当な手段・方法をもって行われることを掲げています。(この他に、(4)法益の権衡、(5)行為の必要性を掲げていますが付随的なものです。)そして、結論として正当な看護教育目的でなされたものであり、手段の相当性が確保されていれば要件は充足されるとしています。
 報告書は、以上のとおり臨地実習として静脈注射も可能であるという立場を明確にしました。その結果を受け、看護師養成施設や実習生受入施設で静脈注射を実習として行う所が増えています。しかしながら、法的根拠が必ずしも明確ではないこともあり、養成施設あるいは実習担当教員などから種々の疑問や、不安が出されているのが現状です。そこで、本稿では法律的な見地から若干の考察をすることとしました。
 静脈注射としての実習には、養成施設(学校)において行われる学生同士、あるいは教員が自身に打たせる形式のものと、実習施設(病院等)において患者を対象として行う形式のものがあります。

II. 学生同士が実習として注射を打ち合う事例について

1.

 学校内において、実習として学生がお互いに注射を打ち合う行為、あるいは教員が練習台となって注射を打たせる行為(以下「注射実習」といいます)を行なう学校が増えています。しかしながら、これらの学校や実習担当者の方々の多くが、法的問題についての不安や迷い、あるいは疑問を抱えながら注射実習を行っているようです。そこで、そのような疑問に答えるため注射実習の法的問題について考察します。(以下、注射を打つ側を「行為者」、打たれる側を「相手方」といいます。)
 なお、注射には皮下注射、静脈注射、筋肉注射、採血業務に際して行なう注射があり「診療の補助」として看護師に認められています。(前掲平成14年9月30日、医政発第0930002号参照)しかし、看護師に認められているからといって直ちに実習として妥当かどうかは更に検討が必要です。

2.

 注射は、注射針を人の身体に刺し、かつ薬剤を体内に注入する行為です。医師若しくは看護師等の医療従事者が医行為若しくは診療の補助として行えば、正当行為として犯罪になりません。しかし、医行為と無関係に行なえば他人の身体を傷つける行為として傷害罪になります。では、実習として行なう場合はどうでしょうか。注射実習としては、実際の患者を対象として行うことはないと思われます。通常は、学校内で学生同士が実習として注射を打ち合うか、教員が自身に打たせるようです。その場合は、注射される者は傷病者ではありません。健常者です。そうすると、注射行為は、医行為でも診療の補助業務でもありません。従って、医師法や保助看法の問題は生じません。民・刑事上の問題について検討すれば足りることになります。
 注射行為は、相手方の身体に注射針を穿刺することですから、相手方に傷害を生じさせており、形式的に見る限り犯罪行為ということになりそうです。(形式上構成要件該当性が認められます。)
 では、通説・判例の考え方を参考に、注射実習について考えて見ましょう。

(1)自分で自分の身体を傷つける行為、すなわち自傷行為は罪になりません。その根拠としては、「身体の安全はその主体固有の法益であるから、主体の処分権の範囲に属する」(大谷實『刑法講義各論』37頁)とされています。なお、現行刑法には自傷行為に対する処罰規定がありません。
 では、相手の依頼を受けてあるいは同意を得て傷害を加えた場合はどうでしょうか。これを、講学上「同意傷害」といいます。

(2)同意傷害
 通説は、行為者ならびに被害者の動機・目的及び用いられた方法、侵害の予測可能性などを考慮して、それが社会倫理的見地から相当といえるときに同意(承諾)は有効であるとしています。また、判例は「単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合わせて決すべきである」(最決昭和55年11月13日)としています。(これに対しては、近時有力な結果無価値論の立場に立つ刑法学者などから批判が向けられていますが、本稿ではできる限り判例に沿って検討します。)ただし、生命に危害を及ぼす危険性の高い行為である場合は社会的相当行為の範囲を逸脱し違法性を阻却されないとした判例があります。これは性的満足を得るため相手の同意のもとに絞頸行為(首を絞める)を行ったものです。
 判例は、交通事故を装って保険金を詐取しようとして傷害を負わせた場合、暴力団員が相手の同意を得て指詰をした場合などについて社会的相当性を欠いており違法性を阻却しないとしています。
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